「臨床家よ、クライシスワーカーたれ」
昨年の第21回年次大会は、熊本大学医学部の宇佐美先生のご尽力により、熊本で初めての開催をした。そこで、精神科専門看護師の仕事の本質に触れた。危機介入(Crisis intervention)である。私の専門は、自殺未遂、自傷、非社会的、反社会的行為等の自己破壊的な行動化を特徴とする困難患者(Difficult patients)の心理療法である。その仕事の始まりと、心理療法の随時のところに危機介入がある。また、奇しくも、昨年の熊本の地で今年4月14日の震度7, 6弱の2度の大地震を皮切りに、現代日本が経験したことのない多くの余震が2ヶ月近く続いている。こうしたメガ災害、さらには、現代のテロや、大小さまざまな組織の事故ののちに、大規模トラウマが不測の衝撃として人々に広がり、その後の累積ストレスから「普通」の人々も容易に困難患者反応を示すことはあまり知られていない。トラウマはそれほどに認識しにくい性質があり、隠れたPTSDの重荷を抱えながら、知らぬ間に破壊・自己破壊の渦にはまりこむ東北の大人や子どもたちが多くいる。ここにも随時の危機介入からの心理療法が必要であるが、これをできる専門家はほんの一握りである。この重い現実こそが、本学会が、東日本大震災のバックアップを続けている理由であり、「危機介入—心理療法」をテーマとした強い想いである。
また、私が代表を務める福島のPTSD対応センターで、最初に協働の手を挙げてくれたのが、今回副会長をお願いしたUTCP1の中島隆博先生である。その輪は広がり、同じUTCPの石井剛先生には、四川大地震の対応にあたった中国の専門家チームとつないでいただいた。その一人が、中山大学(広州)の李樺教授であり、現在、日本と同じく自己破壊的問題が目立つ学生への危機介入からのカウンセリング・心理療法専門家を養成するプロジェクトが、この縁を機会に開始されている。IADPの今大会にも参加いただく。彼女の原点も中国哲学である。孔子、孟子、荀子、老子、荘子。彼らを含む諸子百家を生んだ中国の春秋、それに続く戦国時代は、宗教の意味が薄まり、経済と軍事の強化のもと、国が国を滅ぼすことの壁も低くなり、子が父を、臣下が君主を殺すことが横行する渾沌とした時代だったという。そのままに、現代社会との同型性を連想させるが、今こそ、この中国の古典思想と哲学から、人間性の喪失、さらには孤立と破壊の現代危機に向き合う歴史的叡智を取り出す意味が大きくあると考えている。これが、UTCP(梶谷真司センター長)との共催を決めた理由である。
現代のメガ災害危機、さらにグローバル社会と資本主義の暴走による地域、家族の崩壊危機は待ったなしである。心理療法家よ、クライシスワーカーたれ。危機介入の仕事に、目の前の人の心の生き死に向き合う臨床センスを磨き、その底支えともなりうる太く深い中国哲学に触れる豊かな4日間にしたい。危機は、その漢字の表すままであるが、ここまでの対処能力を超える「危」険と、それを超えて発達を果たす「機」会が内在している。職種、学派、専門を越えて、共に、危機に生き、危機を超える知識、態度、技術を磨いていこう。
1東京大学大学院総合文化研究科・教養学部附属 共生のための国際哲学研究センター
第22回年次大会大会会長
橋本 和典
(国際基督教大学 准教授)
大会会長プロフィール
福島県生まれ。博士(教育学)。心理療法家(資格:臨床心理士・全米集団精神療法学会公認集団精神療法師)。専門は、精神分析的心理療法、集団精神療法、青年期困難患者の心理療法技法、危機介入と組織開発。国際基督教大学教養学部准教授・大学院臨床心理学専修主任。IADP事務局長。2013年9月に、災害PTSDの予防とトリートメントのための福島復興心理・教育臨床センターを福島県郡山市に設置し、代表を務める。主著に、『青年期退行性困難患者における自己破壊性脱却機序』(学位論文)、「アイデンティティ教育」「人格障害の集団精神療法」「男性の成熟性−集団同一性から自我同一性」など。